2019-07-14
サンズ・オブ・ザ・デッド
2016年制作のアメリカ映画。ジャケット画には複数のゾンビが描かれているがヒロインに付きまとうゾンビは一番手前の1体だけ。ゾンビ映画なのにじわりと感動させる佳作だ。
ストーリー
ゾンビが大量発生した街を逃れたニックとモリーは、砂漠の中の一本道を飛行場に向かってひた走っていた。ニックの友人ジミーから小型機に乗ってメキシコへ逃げようと誘われていたのだ。しかし車が路肩で動かなくなって立ち往生している所にゾンビが1体現れニックが襲われてしまう。
モリーは車内にあったペットボトルの水や食料を大急ぎでかき集めると砂漠に向かって全速力で逃げた。既に日は暮れ砂漠の真ん中で途方に暮れていると、何とニックを襲ったゾンビが追いかけて来るのだ。彼女はとりあえずゾンビが登れない岩の上に逃れ夜を明かすことに。
空港まで50キロ以上あり猶予は3日しかない。スキを見て岩から下り歩き始めたモリーはある事実に気付く。ゾンビの歩く速さは彼女より少し遅く普通に歩いていれば追い付かれないのだ。それを良いことにモリーはゾンビを「スモール」と名付け罵詈雑言を浴びせながら歩いて行く。
モリーとスモールの不思議な砂漠横断の旅は尚も続く。そのうちモリーはスモールを相手に自分の人生について話し始める。彼女には5歳になる息子チェイスがいて姉のアリに預けていること、自分は母親には向いていないこと、息子とは空き缶で作った糸電話で結ばれていることなど。
空港まで後10キロという地点で突然砂嵐に襲われたモリーは気を失う。嵐が去り気付いたモリーの目前を2人組の男が乗った1台のトラックが通りかかるが、彼らは刑務所から脱走した犯罪者だった。モリーを陵辱する男達。だがスモールが片方の男を襲いモリーは間一髪難を逃れた。
この頃にはモリーとスモールの間に奇妙なシンパシーが生まれていた。彼女が「ステイ」と言えばスモールは動かなくなる。空港が近付きスモールと別れようとするモリーだがどうしても彼を置いていくことができない。だが砂漠から道路に出た時にスモールが米兵に撃たれてしまう。
膝を撃ち抜かれたスモールはもう動けなくなり、置き去りにできないモリーは泣きながら岩を彼の頭部に振り下ろし止めを刺す。やっと辿り着いた空港でモリーはジミーと会うが結局飛行機には乗らなかった。乗り捨ててあった車で彼女が向かった先はチェイスが待つ姉アリの家だった。
レビュー
単純にヒロインが多数のゾンビから逃げまくる映画だと思って観たら全然違った。ラスト近くに何体か出て来るのだがごく短時間だしカットしても良かったと思うレベルだ。基本的にゾンビの主役はスモールであり作品のコンセプトもモリーとスモールの笑いあり涙ありのロードムービーだろう。
まずモリーのイメージだが最初はとにかくケバくてヤク中のどうしようもないバカ女だ。濃い化粧をして上はレザーのタンクトップ、下は豹柄のパンツに厚底ブーツという出で立ちで、普通ならさっさとゾンビに喰われる外観だ。それが時間の経過と共に変化していく所がこの作品の見所と言える。
スモールはスーツを着たサラリーマン風。片足を引き摺りながら歩くが、ジョージ・A・ロメロ監督の作品に出て来るゾンビよりは早い。内蔵が好物なのは同じ。スモールの由来は「スモール・ディック(small dick)」だ。モリーの「あんたみたいな男はどうせ~」で決まった。
さてモリーは灼熱の砂漠をゾンビに追われながら歩き続ける訳だが、途中で息子のイメージが何度も頭をよぎる。自堕落な生活の中ではおそらく見ることがないそのイメージに心を揺さぶられる。流れる汗が彼女の化粧を落として行くように、心を覆っていた汚れを剥ぎ取ったように見える。
モリーに大きな変化をもたらしたのがゾンビだったのがこの作品の面白くも奥の深い所だ。スモールに止めを刺す時彼の頬に手を添えて「ありがとう」と言ったモリーの顔は無垢な少女のように清らかだった。まさか何の期待もせずに観たゾンビ映画で泣かされるとは夢にも思わなかった。
ストーリーに書かなかったが実はモリーが飛行場を出て以降のシーンがちゃんとある。姉の家に到着し息子と出会ってからゾンビに囲まれた家から脱出する所で映画は終わる。しかしこれらのシーンは無くても良かったと思う。息子と無事に会えたかどうか観る者に結果を委ねても問題無い筈だ。
また映像や音楽はミュージック・ビデオ並みのセンスで素晴らしかった。モリーがポツンと砂漠を歩く姿を高所から俯瞰で捉えたり、喉の乾いた彼女が見る波や泡のイメージなど、挙げればキリがない。監督は「グレイヴ・エンカウンターズ」のコリン・ミニハン。
さて作品のお勧め度だが騙されたと思って1度鑑賞して頂きたい。モリー役を演じたブリタニー・アレンの変貌ぶりは見ものだし、スモールが終盤に見せる表情の変化も心に染みる。笑えるシーンもあれば内蔵や血飛沫も約束通りにある。何より低予算を逆手に取った脚本がお見事だった。
https://tenebrae82.blogspot.com/2019/07/blog-post_14.htmlサンズ・オブ・ザ・デッド