2016年制作のスペイン映画。監督は「ロスト・ボディ」のオリオル・パウロだ。本作も非常に完成度の高いサスペンス映画に仕上がっている。
ストーリー
青年実業家のドリアは不倫相手の写真家ローラ殺害容疑で逮捕され現在保釈中の身だ。彼の顧問弁護士レイバは裁判で必勝を期するべく敏腕女性弁護士グッドマンに協力を依頼する。彼女の年齢は60代前半くらいだろうか。グッドマンはドリアの高級アパートを訪ね急遽3時間後に法廷に呼ばれる状況になったことを彼に告げ早速打ち合わせを開始する。
まずグッドマンはドリアの口から事件の顛末を聞くことにする。
ドリアの証言1
- 何者かに脅迫されローラと一緒に指定された山間部のホテルにチェックインした。
- 部屋で待っていると突然後ろから誰かに突き飛ばされ鏡に頭部をぶつけ気を失った。
- 気付くとローラが浴室で殺されていて側に血の付いた置物が落ちていた。
- 騒ぎを聞いた客が警察に通報し突入して来た警察官に逮捕された。
- 扉と窓が施錠されている密室状態だったため彼が犯人として起訴された。
しかしグッドマンはドリアが隠している事実があるはずだと指摘する。彼女が提示したある青年の失踪に関する記事が書かれた新聞を見てドリアは新たな告白を始める。
ドリアの証言2
- 3ヶ月前パリに出張すると妻に嘘をつきローラと田舎のコテージに泊まった。
- 帰宅途中の道路で飛び出して来た鹿を避けようとして急ハンドルを切った際、運悪く対向車が道路脇の木に激突し運転手の青年が死亡した。
- ドリアが警察を呼ぼうとするとローラが引き止めた。彼女の指示に従って青年の車を運転し現場から離れた場所にある湖に死体ごと沈めた。
- ローラは通りかかった男トマスに車の修理を依頼し彼の家で妻のエルビラを紹介される。しかし夫婦は事故で死んだ青年ダニエルの両親だった。
- ローラと合流後その話を聞いたドリアは即刻車を処分し、ローラとは二度と会わない約束をして元の生活に戻る。
- ローラは念の為ダニエルが勤務先の金を横領して失踪したように見せかける工作をする。
- ダニエルの失踪に疑念を抱いたトマスが修理した車のナンバーからドリアを割り出し警察に捜査を依頼する。
- 警察はドリアが当日パリにいた嘘のアリバイを認め捜査は終了する。
- ドリアは記者と称して会いに来たトマスから「息子はどこだ」と迫られるがシラを切り通す。
この話を聞いたグッドマンは検察に対抗するため密室の謎を解く推理を展開する。
グッドマンの推理1
- ドリアを脅迫してホテルに誘い出しローラを殺害したのはトマスだった。
- 実はトマスの妻エルビラはこのホテルに勤務しており内部を自由に動くことができる。
- 犯行後トマスは鍵の開いた窓から脱出、逮捕の混乱に乗じてエルビラが窓の鍵を閉めた。
- 現場が密室となったせいで夫婦の計画通りドリアの立場は圧倒的に不利になった。
次にグッドマンは事故が起きた時ドリアはパリにいて全てローラ1人の犯行だと証言するよう提案する。
グッドマンの提案
- 事故後車を湖に沈めその後一連の偽装工作をしたのはローラだった。
- ローラからホテルに呼び出されたドリアはそこで初めて事故のことを聞かされる。
- トマスがローラを殺害しドリアは逆に巻き添えを喰った被害者だと主張する。
- ローラ殺害の動機を証明するためにはダニエルの死体発見が必要不可欠となる。
- ダニエルの車にローラの私物を忍び込ませれば彼女の単独犯を裏付ける証拠となる。
グッドマンの提案を飲んだドリアは差し出された地図に印を付けた。ドリアは車を沈めようとした時青年はまだ生きていた事実を明らかにする。それを聞いたグッドマンは激昂するがドリアは不敵な笑いを浮かべる。グッドマンは残忍で利己的な彼の性格を見抜き、別の可能性について推理を展開する。
グッドマンの推理2
- 実は事件の主導者はドリアでローラは計画に引きずり込まれただけだった。
- ローラは事件後精神的に消耗していた医療記録がある。
- ダニエルの金銭横領に関してもドリアの経歴・人脈から彼の工作と考えた方が妥当だ。
- 罪の意識に耐えられなくなったローラがダニエルの両親に全てを告白した可能性が高い。
- ローラはホテルにドリアを呼び出し自首すると告げる。ドリアは保身の為彼女を殺害した。
果たしてドリアはローラ殺害を認めるのか?。そしてついに驚くべき結末が明らかにされる。
登場人物
ドリア(青年実業家)
ローラ(写真家でドリアの不倫相手)
レイバ(ドリアの顧問弁護士)
グッドマン(敏腕女性弁護士)
ダニエル(車の事故で死亡した青年)
トマス(ダニエルの父親)
エルビラ(ダニエルの母親)
レビュー
この作品はドリアとグッドマンの2人が室内で繰り広げる心理劇が中心となっている。そして2人が語る話が事実だと言う保証は何処にも無いのだ。再現される映像を観ているとあたかも全てが本当にあったことのように思えるが、2転3転するストーリーにどちらの話が事実なのか困惑の度合いが増す。
グッドマンの役目はドリアの無罪を勝ち取ることだが、そのためには彼から事実を包み隠さず話して貰う必要がある。しかしドリアは顧問弁護士の紹介とは言え無条件に何もかも話すのは危険と感じるだろう。だが有能なグッドマンは彼の心理を読みその隙を突くことで証言を引き出していく。
この2人の攻防はなかなかスリリングだ。グッドマンの調査能力の凄さにはドリアも舌を巻く。特にグッドマンの推理1で密室の謎を解き明かす場面には驚かされた。このホテルの鍵は着脱式で冬場は内側から開かないように取り外されている。窓の四角い穴にクランクを差すだけの代物だ。蓋を開けてみれば驚くほど単純なのが密室トリックなのだ。
この推理によってドリアの信頼を勝ち取ったグッドマンは間髪を入れずローラ単独犯行説で押し通そうと強く提案する。この方法だとドリアは自分を被害者だと主張出来るので彼にとっては大きいメリットになる。グッドマンの指示に従いドリアは地図上のダニエルを沈めた場所に印を付けた。
グッドマンの推理2が的を得ているかどうかは最後に分かる。同時にグッドマンの真の目的がかなりの衝撃を伴って明らかにされる。グッドマンがドリアに写真を見せながら「答えは常に目の前にある」と言う場面があるが、この台詞は後で考えるとすごいヒントを出したものだと感心する。
また2回鑑賞すると多くの伏線が張られていることが良く分かる。携帯・ライター・万年筆・車のシート等が伏線の材料となりトマスのさり気ない言葉にも真実に直結するヒントが隠されている。特にグッドマンの表情の変化は注意して観て欲しい。じっくり鑑賞すると改めて気付くことが多い。
しかし中には効果が感じられない伏線や良く考えると不自然と思われる部分もあった。特にグッドマンの提案はかなり強引で無理がある。しかしサスペンス映画において完璧な論理的整合性が必要かどうかは前提条件による。本作の場合登場人物が事実を話しているとは限らないので、心理戦において情報を得るための提案に不合理があっても問題はない。
さて作品のお勧め度だがスペインのサスペンス映画好きと言う方なら観て損はないと思う。雪が残った山間部のホテルの風景などやはりヨーロッパ映画ならではの美しさだ。ストーリーは混みいっているので集中力が必要だがサスペンス映画に慣れていれば問題ないレベルだ。できれば2度、3度と観て欲しい作品なので余裕のある時に鑑賞されることをお勧めする。